(^_-)-☆四年前 [思い出]

 1664 やっと四日が過ぎた。ゴルフ、食事の後、何をしようか。やることが無い、しかし、今日は、もうどうしても洗濯をしなければならなかった。明日のゴルフで着るものが無い。そして、明日着る服だけアイロンがけをした。他のインドネシア残留組の人は、どうしているのでしょうか、お手伝いさんを普段使っている人も、この期間はお手伝いさんもほとんどムディックでいなくなっていると思う。

規則的、健全な生活をしているし、仕事もしていない、情報もテレビのニュース番組からだけなので、渋滞や交通事故や各都市の話題しかない。交通事故の死者三日からの平均で一日60人だとか。どこでどう自己なのかは知らないが、多くは、バスとバイクの事故です。毎年のことで、ま、このくらいの犠牲者は、織り込み済みなのでしょう。大した話題にもなっていない。

http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page0408.html
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/pageo407.html
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page0406.html
2009年、レバラン休暇は、9月後半でした。当時、一緒に住んでいたマリアさんを、混む前に、空の便で、一足先にブリタール(東ジャワ)に帰し、私は一人で旅にでた。丁度、ムディックの真っただ中、それより以前、ジャカルタのタクシードライバーの運転でブリタールの近くまで、ムディックに同行したことがあったので、様子は知っていた。その時よりも、はるかの渋滞はものすごかった。それでも、行きは、問題が無かった、順調だった。できたばかりのスラマド橋を渡ってみたり、シドアルジョの泥海を見たり、パスルアンの工業団地入口の前を通って、バニュワンギへ、フェリーでバリへ、バリは、多分3時間くらいで通り過ぎて、また、フェリーで、ロンボク島に渡った。マタラムを通って、島の東側に移動し、そこが目的地というわけではなかったが、ロンボクの北半分を一周しようと思っていたが、リンジャニ山の麓を通った時に、山へ登ってみないかと、その土地で道を訪ねた時に、言われて、登ってみることにした。かなり無茶だったと思う。

思いがけない、色々なことが有って、よく、計画通りの日程で帰還できたなと思う。他の人で、こんなことをしてみようと思う人はいないでしょう。
それに比べれば、毎日5時間程度のゴルフは、平穏、気楽、普遍である。緊張感が全くなしだ。それはそれで良いのだが。
IMG_2443.JPGIMG_2449.JPG
パサラヤブロックMのガラ空きとブロックMプラザの賑わい。
タグ:平穏 気楽
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0