(^_-)-☆日々憂鬱 [状況]

 1963 ここ、一か月ほど、憂鬱な日々が続いている。新しいお客さんからの試作依頼が、何点か入っていて、それらに6月第一週で答えを出さなければならないが、一発で、上手くいくとは限らない、というより、何回か修正を繰り返さなければならない確率の方が高い。三ラインとも試作をするので、経験の浅いオペレーターに指導しながら、任せなければならない。客先は全て、地元の大手、弱電メ-カーだ。
それが、上手くいったとして、2台の押出機を使った、2色成型のトライも控えている、控えていると言えば、大手、ワイパーメーカーからも色成型の金型のPOが間もなくはいる模様だ。

要するに、試作が多いということは、見積もりがOKになっていて、金型のPOが入っているからです。ということは、試作品がOKなら、量産になるということです。量産になれば、それなりの生産設備のキャパシティーがなければならないということです。しかし、そのキャパシティーの見通しが立たない。

車関係の客先からはISO並のシステムを求められている。今の環境では無理だということは明らか、なんとか、仮の承認をえるしかないと思っているが、どうなるでしょうか。その他の客についても、今のところ、必要優先で、なにも言ってきていないが、落ち着けば、必ず、受け入れのQCが接触してくるはずだ。

その上に、他にも多くの障害がある。この障害は、私にはどうにもならない。お金や制度や組織では、解決できない、根深い問題だ。

私の基本的考えは、微動だに変化していない。1996年インドネシアに来た理由は、現地の人達に私の技術や考え方を伝えることです。そのために、場所を借りているのです。何カ所か場所は変わっていますが、その都度、新しい仕事をとって、現地の若者に、作り方を伝えてきた。今も,その行動には変化がない。ただし、その場にある程度の利益的貢献もしてきた。逆にそれが、その時の経営者に嫌われる原因にもなっていたと思う。
それにつての今だが、貢献をいてないどころか、足を引っ張り続けてきた。それも、当然だ、仕事を始めて、すぐ、儲かりだす尚ということはほとんどない、二三年後に利益が上がるようになれば、それが、普通です。今年になって、足を引っ張る程度が少なくなって、これから、今迄の迷惑分を取り返せる状態になってきた。このままなら、新しい仕事は断り、私が去れば、利益的に貢献に続けることができるでしょう。ただ、それだけのことです。私自身が、利益過ぎに走る必要はないし、私の利益追求は主義に反する。この仕事を使って利益を上げたい人は、出資を経営をすればいいのです。私をもし必要とするなら、技術アドバイザーとして利用すればいいのです。私に運営、経営をゆだねたら、儲けることは考えないので、そういう人にとっては、当て外れになります。固定費の関係も見積もりも資金を出した人がしなければ意味がないでしょう。

すでに書いたが、私は、インドネシア人の会社でインドネシア人のためのインドネシア人によるエンプラ押出の会社を興す手伝いをする。これが、私の仕事のエピローグです。出来るかできないか、どうだろうか。私が評価して、インドネシアのエンプラ押出の技術のトップと営業のトップは、今、別々の会社でそれぞれを支えている。彼等が組めば、インドネシアでダントツの会社が出来るはずだ。私抜きで。そのためになら私が資金的に手伝いすることをいとわない。ただし、利益を上げたいなら、他の人が出資して経営もしなければならない。

こんなこと、そんなことを考える憂鬱な日々が続くが、試作は成功させなければならない。
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パンガンダランのルンバープトゥリの下の海岸近くで会った小さな花。


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