(^_-)-☆上がっていない [生活]

 2791 何が上がらないかって?私の足が上がっていないのです。多分、1cmも上がっていない。引きずって歩いていると言ってもいい。意識していれば上がるが、普通は意識していない。床に這わせてあるケーブルはテープなどで止めてあるか、カバーをかぶせて止めてある。それに、引っかかる。ケーブルを引っかけて、床から剥がしてしまう。時には、端末のジョイント部分からも抜いてしまう。
 事務所に入り人たちが、またやった、という顔をする。直ぐに直そうとすると、彼らが、私を邪魔扱いのようにして、直す。足が上がらないこととは、別に、プラスチックのコップに紅茶などを入れて、飲みながら、仕事をしている時、私の注意散漫で、コップを手に引っかけて倒し、机の上や床を濡らしてしまうことも時々ある。そういう時も、彼らが、またやった、という顔をしながら、ティッシュや雑巾を持ってきて、拭いてくれる。自分でやるからと言っても、やられてしまう。なんとも言えない複雑な気持ちになる。望まないが他人の世話になるということは、こういうことから始まるのかなと。

 躓きやすくなったのは確かだ。ジャングル歩きや山登りをするときも、滑りやすくなったし、転びやすくなっている、それを、意識していれば、転んだり、躓いたりしないのだが、ついつい、意識をしていなくなる。10日は、どんな山か、多分、インドネシアの山登りだから、ジグザグより、まっすぐ上る道が多いはずだ。周りの景色に気を取られたあり、ガイドとの話に夢中になったりする可能性が高いが、意識して登ろうと思う。

 注意不足と言えば、つま先を何か、身の回りにあるものにぶつける。普通に部屋の中を歩いていて、椅子やテーブルの角というか足にぶつける、足の小指をぶっつけた時には、加減してぶっつけているわけではないから、どうしようもなく痛い。これが、最近、非常に多くなった。以前、金型を取り付ける仕事中に、かがんで、何かを拾ったり、手にした後に、頭を金型にぶっつけありすることが多かった。このときの痛さも、ただただ、じっと耐えるしかなかった。そして、周りに人たちからは、自業自得だぞ、という顔をされていた。その痛みと場所は違うが、自嘲するしかない痛みだ。余計な動きをできるだけしなければ、ない痛みだ。しかし、何もしないでいる事には耐えられない。
 こんな痛みを経験をしたことがないという人はいないと思うが、頻度の問題だ。
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 あった、あった。道端のベンシン、ソーラルを売っている場所、カリマラン川添いの道。確認していないが、手漕ぎの小型ポンプ(ポンパ)が置かれていた。形だけで、実際に使えるものではないようだ。後ろにPETボトルに入ったベンシン、ソーラルが置いてあると思う。プルミニと書かれていた。何年も前に、このタイプのガソリン販売所の事を私は、プルタミナ(国営?の石油燃料の販売会社)をもじって、インドネシア人にプルタミニがあちこちにあるが、法的に認められているの、と、話をしていた。そして、プルタミニと書いてある看板を見つけて、感激した。普通はPETボトルを前面にだして売られている。20%ほど高い。


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