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(^_-)-☆また、ミニ同級会 [旅]

 3923 10時前に空港で待ち合わせて、12時前にラブハンバジョへ出発、現地時間 15時頃到着、ホテルに入っただけだった。クリムトゥ迄行きには、一日足りないと言われて18日のフライトに変更したり、ミニバスの手配などで1時間掛かり、ラブハンバジョに泊まらず、出来るだけ近いところまで行っておこうと、ルテン迄来ている。到着は20時半ん、家を出てから15時間半になる。眠いが、メールの返事など、決まってすることはしなければならない。

http://otaenplaext.net/concept112.html
 ラブハンバジョの空港名はコモド、前回来た時の空港の建物は新しく建て替えられていた変えられていた、規模はは、全く小さいが、バリのターミナルなどを手掛けたデザイナーと同じだと思う。ただし、本当に、こじんまりとした小さい空港だ。
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 東む向かった、目的はクリクトゥの三つの色をしたか火口湖を見に行くためだ。前回私が行ったコースを、辿ることになりそうだ。道の補装は改善されていたが、当たり前だがルートは変っていない、上り下りは急だし、カーブも右往左往、Uターンカーブも多い、また、崖崩れの跡も、次々と出てくる、18時過ぎには、真っ暗な世界に入る。中央ラインの反射板を頼りに進む。また、こんな真っ暗のなかのこんな田舎の道なのに、ところどころにバイクが止められ人が立っている、何人かが立ち話?をしていて、それが、突然、目に入る。直前でよける、ロンソール(崖崩れ)の跡の盛り上がりもよける。そんな調子で、私は前回、車に酔ってしまったが、今回は、それでも、大丈夫だった。ところが、大丈夫でない人が二人いた。こんなところを行かなければならないことは全く予想していなかったので、とんでもないところだと思ったに違いない。皆さんの生活環境と状態の全く別世界だから。
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 ルテンにホテルは、敷地が広く、全体を、真っ暗で想像できないが、自然を利用した公園の中にある世に思う。明日の朝が楽しみだ。
 疲れてしまって、12時までは起きていることはできなかった。
タグ:田舎 疲労 難所
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(^_-)-☆会えた [旅]

 3791 ラマダン インドネシアでは、イスラム教徒にとって最大特別な日、機能う夜は、今朝まで賑やかだったが、今日は、早朝から、静か。大勢の人は、道端迄溢れて、モスジッドの周りでお祈りをしていた。10時ころには、普段の生活に戻るが、町全体が観光地、いつもの賑わいに戻る。私は、ちょっこっと、その様子を見て、ホテルにこもどってしまった。疲れが取れない。
 
 11時ころ目だ覚めて、約束の西海岸チャガールアラム入口へ行って、イワン君を待った。ラシッド君のすぐ下の弟、もう一人、一番下の弟、ビリー君も一緒だった。彼は、初めて会った時は2歳だった。昼前にチャガールアラムの入った。いつものコース、彼らより、私の方がよく知っている、そして、探し始めてすぐに、見つけた。あった。小さいが、何カ月ぶりだろうか、開いている状態に会ったのは、これは、もっと会えるかもしれないと、二時間ほど歩き回って探したが、これっきりだった。二週間後には、咲くだろうと思われる膨らんだ蕾を2個見つけただけだった。とにかく、逢えてよかった。
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 ただし、夢中になって歩き回ったからかどうか、とにかく、体中が痛いし、疲れがきつい。ジャングルから17時ころ出てきて、パサールイカンで食事、カンクン ウダンアッサムマニス、イカンバカール、イカンゴレン、チュミチュミゴレントゥプンなど、ラシッド君も呼んだ。
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そして、そこで、皆さんと別れて、西海岸のサンセットを見ながら帰途に就く、18時半すぎだった。明日、朝出発も考えたが、渋滞を気にして、早い方が良いと思い、夜中に走ることにした。

 ところが、夜中にもかかわらず、大渋滞にあってしまった。というか、バンドゥン方面から東に向かう、反対車線の車が大渋滞、そこで、こちら側の流れを、時々止めて、反対車線の車もこちらの車線に流しこんでいるからだった。この状態は、パンガンダランから続いていた。パンガンダランへ向かう車も既に渋滞していたし、チアミス、タスクマラヤでもチレニ―のゲートでも、例のできたばかりのチカンペックくたまのデートでも、そして、カラワン、デルタマスでも東に向かう車が道路全体をゆっくり流れて居た。何故でしょうか、ムディックの始まりの時より渋滞が酷いようだ。今は、高速道路、両方向になっているが、西方向の中央分離帯より車線を東方向の間移封している場所もあったが、それでも、この渋滞は異常だ、と、思いながら、何故?だろうか、ハリラヤの行事が済んで、一斉に、午後から、行楽地に出発したからでしょう、それにして、夜中の二時三時、ジャカルタから夕方から出てきて、やっと、チカンペック辺りに差し掛かっている大量の車、目的地が例えば、ジャティルフール辺りでも、10時間以上かかるそうだ。渋滞が無ければ、2時間で行ける観光地だ。
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 タシク付近 双方が大渋滞、こちらは被害渋滞だ。
 多分、ジャカルタの南、ボゴール、プンチャック方面も、大渋滞で、到達できり車は少ないと思う。

 私は7時間かかってやっとチレニ―のゲートから高速に入った。順調なら、チカランに戻っている時間だ。眠くて、居眠り運転気味だったので、ガソリンスタンドのトイレに寄ったとき、車の中で眠ってしまった。4時ころ目だ覚めて、一瞬、ここは、どこ?という感じだった。そこからは順調で、5時半に家に戻った。何もしないで眠ってしまった。結局、11時間掛かったことになる。
  

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(^_-)-☆インドネシア戻り [旅]

 3747 この街、この辺り、それにしても、なぜ、コレアが多いのでしょうか。日本人に会ったのは、インフォメーションで一人だけだった。目にはいれば、確実に分かるが、キナバルパークにもマリマリにも、全く、いなかった。看板もハングルはあるが、日本語はない。
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マリマリだが、原住民の伝統的なむらだ。何年前か知らないが、森の中の狩猟民族だということはわかるが、文化というか、技術というか、狩りの仕方、火の起こし方、家の建て方、日本の弥生式の時代の方が進んでいるように思う。ちょっと妙なことがあった。水瓶が至る所にある、釉を掛けた陶器だ。水や酒、蜂蜜などなど、大小の瓶を使っている。どこで焼いていたのでしょうか、その窯がない。

13;30にコタキナバルの空港に入った。手荷物チェックは、国内、国際も同じ、そこを過ぎると、イミグレと国内に分かれる。国内線もイミグレではないが、搭乗ゲートへ行く前にパスポートや身分証明書をチェックされる。マレーシア人のカウンターは、沢山あるが全て長蛇の列、しかし、誰もいなかった外国人専用のカウンターがあって、私はそこを通過した。

と、ここ迄は順調だったが、出発時間が1時間遅れると案内があった。それだけではない、おまけにボーディングパスのゲートで待っていたら、なかなか人が来ない、本来の出発時間が過ぎてもほとんど人がいない。どうなっているのと思っていたら、ゲートが変わったというアナウスがあった。ま、それでも、一時間も遅れているのだから、十分、搭乗時間には間に合う、それより、KLに着いてからの乗り継ぎの時間が少なくなることを心配した。
予定より、1時間半遅れの17時に離陸、KLから22時過ぎのフライトなので、十分間に合う。やはり、乗り継ぎ時間を3時間以上見ておいてよかった。

KL空港、KKからドメスティックに到着、インターナショナルに移動しなければならない。baggage claimの場所を通過し外に出るとすぐエスカレーターがある。それで、3階までゆく、ここはH型の空港ビルのKやLがある側の真ん中、Hの横棒の端に当る。その三階、ここまで来たら横棒を進んでインターナショナルのもう一本の縦棒の方に行く、その入り口がここだ。
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ちょっと悔しい失敗をした。エアーアジア、飲みものを持ち込めないことを忘れていたというか、国際線のフロアーに入るときは、飲み物は持ったまま入れたので、まさか、エア―アジアの搭乗口へ行く前に、もう一度チェックがあるとは思わなかった。そこで、その手前のコンビニで飲み物を買ってしまった。買ってしまってから思い出した。以前、ヴィザを収得に来た時の事、あ、引っかかった、しまった、ともったが、返品というわけにはいかない。搭乗時間の10分前くらいまで、出来るだけ飲んだが、あまり飲むと、トイレに行きたくなるし、というこちで半分ほど飲んですてた。KLタイム21時15分搭乗。

今回の物足りない旅に比べ、前回は、もしかしたら、ラッキーだったのかもしれない。新しいことは、kundasang war memorialとキナバル山登山口とマリマリ伝統村だけだった。http://otaenplaext.net/concept82.html 前回の記録です。こちらの方が、充実している様子は明らか。悔しいから、こんなTシャツを買ってしまった。
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真夜中にジャカルタへ戻った。日付が変わって1時半に家に戻った。
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(^_-)-☆複雑な心境 [旅]

 3746 9時にインフォメーションによって、ラフレシアの状況を確認してもらったが、全滅。仕方がないから、今日は、前回行かなかったキナバルパークへ行ってみた。小雨模様で、1000m過ぎたころには、大粒の雨が降り出し、あいにく、このキジャン、ゴムホースの一部がやぶれて蒸気が噴出し、オーバーヒート止まってしまった。山の中、どうなる事かと思ったが、運転手、このことは、前にも何回もあるのでと、交換道具と部品を持っていたし、水も1.5Lを5本も持っていた。30分ほど、ラジエーターが冷えるのを待って、部品を交換し、水を入れて、再発進。
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目的地の1500m以上の場所は、雲の中。キナバル山を全く見ない。キナバル山登山入り口までいってみた。
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ここから先は、歩きになるが、入山許可をされている人だけしか通れない、と、止められた。入山の人数が限定されているそうだし、申請が込み合っていて、順番待ちだそうだ。3か月以上前に申請していなければならないといっていた。

そして、その下りの途中にある、花屋さんに寄る予定だったが、その裏の駐車場に車が一杯、パサールがあり、ミュージックバンドも賑やか、そして、何やら、お堀の石垣のようなものが目に入った。何かと聞いたら、昔の捕虜収容所だったところだという。どちらのと聞いたら、オーストラリア人やイギリス人が多く、ここで亡くなったという。是は、お祈りしなければならないと思って、中に入った。
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kundasang war memorial  クンダサン戦争記念碑と書いてある。私が生まれたばかりのころの話だ。第二次世界大戦中、サンダカンからラナウにかけての「死の行進」により命を落したオーストラリア及び英国の捕虜を慰霊するため、1962年に造られた記念碑です。と、書かれている。
https://en.wikipedia.org/wiki/Kundasang_War_Memorial
どういう事情か知らないが、事実だったのでしょう。こういう場所を尋ねると胸が痛む。明らかにインドネシア人ではない欧米系の人が大勢訪れていて、犠牲者の名前が刻まれた壁を食い入るように見ている。日本人は会わなかったし、日本人が来ることは稀だという。

15時過ぎ、コタへ戻る途中、マリマリという、伝統的村に寄ってみた。15時でクローズだという。明日9時にまた来てねと、受付の人から言われた。

結局、ラフレシアには会えなかった。コタキナバルとその周辺、駄目だね。街のあちこちにラフレシアの造形物や絵を見るから、近くでいつも見ることができような印象を与えているが、会える確率は非常に少ないようだ。パンガンダランのわずか数平方キロメートルの中や、スマトラのブンクルーやブキッティンギの方が、よっぽど、確率が高いようだ。
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(^_-)-☆がっかりだが [旅]

 3745 前回、行ってみたラフレシア インフォメーション センターへまた行ってみた。今回は、その施設は、クローズ、無くなっていたことを確認しただけだった。

しばらくの間クローズの看板。その辺りの事を、タクシーが集まっている場所で聞いてみた。全滅だった、10か程前に咲いていたという情報が、空しい。

タラップは無い、ラフレシアも無い、何にしに来たの?である。お昼前にはコタへ戻って、ラフレシアの現状を知っているかもしれないと、インフォメーションに寄った。しかし、日本語を何とかできる女性が、対応してくれたが、結局、今日は休日で、問い合わせ先に電話してもでないので、情報を得られなかった。明日、9時に開くので、明日は、そこから、スタートしようと思う。
日本語で話してくれてるが、私はインドネシア語しかしゃでらないので、その女性に、“貴方、インドネシア人ですか、日本人だと思った”と、言われた。いや、“純粋の日本人だよ”と、日本語で答えた。貴方みたいに、自然にマレー語を話す日本に会ったことがないといっていた。まんざらでもない。

ワイファイを使えるホテルを探しまくって、6軒目にやっとぶつかった。昼寝を2時間ほどして、海岸のパサールに出かけた。タラップをあきらめられなくて、訪ね回ったが結局、シーズンじゃないと言われた。インドネシアでは見なくなったSAWOを見つけた。こちらでは、CIKUチクと言っていた。買って食べた、名前が違っても味は同じだった。美味しい。
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チンベダックが山盛りで売っていたし、バナナの房の下にぶら下がっている、日本語で何と言うのか知らないジャントゥン ピサンや、椰子の実から目が出ているもの、これを土の上に置いておけば、椰子の木になる。その他にも、名前を知らない果物が沢山あった。

魚も刺身で食べられそうな、カツオやブリ、アジやサバ、水揚げされたばかりの魚が山盛りで売っている。焼き魚や揚げたものも売っていて、その場でたべられるが、ちょっと、勇気がなかった。焼き鳥や目刺しのようにして焼いた魚は、その場で食べ歩いた。全て、美味しい。私に合っていた。
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板敷きになっている海岸を、以前の時に渡った沖の島々を眺めながらブラブラ歩き。浦島太郎は、こんなところまで来ているんだという実感があった。そして、一歩一歩が、いつか、この景色のずっとずっと向こうの日本へ帰ってしまう時が、近くなっている気がするし、玉手箱を開ける日が近づいている気がする。
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(^_-)-☆戻りは何となく [旅]

 3712 15時半には家に戻った。8時半、雨が降りしきる中、ウミさんのワルンから出発した。体の節々が痛む、脹脛、腿、肩から背中、腰、何やら、このまま、痛みが増したら、どうなってしまうだろうかと思う。それでも、出発、バンジャルサリまで、1時間、その後、バンジャールを過ぎたのが30分後、カーブと坂、ブレーキとクラッチを盛んに使う、ハンドブレーキを使った坂道発進も多い、両氏の土踏まず辺りから攣りだした。昨日、昨日、ぐしゃぐしゃになってしまった靴は履けないので、パサールでアディダスの偽物の靴を買ったが、試し履きの時は良かったが、しばらく、履いていたら、どうも、違和感がでてきていた。

そのうち、脹脛や腿も攣ってきた。運転ができないほどではないので、走り続けたら、慣れてしまったのか、攣ってはいるが痛みがなくなっていた。感じなくなってしまったのかもしれない。すると、眠気が差してきた。タシクマラヤのバイパス的ジャランラヤで給油とトイレによって、顔を洗った。

その後、睡魔が何度も来て、顔にアクアを掛けながらの唯ひたすらの運転だった。居眠り運転を何度か繰り返した、その都度、頭を振ったり、目薬をさしたりしていた。なんとは、最後は、あまり意識をしていないうちに戻ったという状態だった。こんなことからも、連れがいてたら、連れは、後ろか横で、ずっと眠ってしまっているだろうから、一人で良かった。
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バンドゥンのバイパスに入って直ぐ左、140km地点で、高速鉄道のバンドゥン駅の工事現場と思られる場所だと思う、ジャラントール脇に出入り口が付くられていた。ワリニ駅の工事現場への入り口も107Km地点にあった。まさか、高速道路を使って建設用大型重機が持ち込まれるわけではないと思うが。インドネシアと中国だから、やりかねない。もしそうなら、それでなくても、陸橋が傾いたり、路肩が崩れたり、大きな穴が出現したり、頻繁に高速道路の修復工事が繰り返されているのに、なお、致命的に高速道路が破壊されるのではないかと思う。
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雨に中、パンガンダランの出口ゲートに向かう真っすぐな道、左側に新しくルコができていた。この辺りも、新築ホテルがドンドン出来上がっているが、聞くところによると、つぶれるホテルも多いとか、雨季ということもあって、閑散としていた。
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途中、ところどころに渋滞地点、登りが急、カーブがきつい、道のわきが崩れ落ちている。
タグ:睡魔 到着 痙攣
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(^_-)-☆今年始めて [旅]

 3710 午前中 MMの取引先に新アイテムの見積もりや試作のスケジュールの打ち合わせ。その会社からでて、そのまま、12時に、出発、パンガンダランへ。今、パンガンダランの東海岸よりのホテルにいる。

MM2100からジャラントールに入った。相変わらずのLRT,中国高速鉄道、高速道路の工事たけなわ、ところどころで車線が減る、故障者が所々で停車している、そして、洗濯板のような凸凹が断続的に出てくる、などなどで、カラワンバラットを過ぎるまで、のろのろ運転、バンドゥン方面の高速道路に入るところまで40km1時間以上掛かった。そこからは、順調、チレニ―の出口までMM2100から7万Rpくらい、とに角、支払はカードなので、残金が心配、入ったはいいが、出るときに足りないなっていうことにならないように気を使わま蹴ればならない。入ったときに、残金が示される、17万Rpだったので、これで、帰りの心配をしなくていいことを確認した。
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そこまで、バンドゥンの南をバイパス的に通る高速道路、その北側の路肩の外側に、新しい塀が連続している、そのところどころ、主に、インターの近くで橋桁を作るための鉄骨の網を輪にしたようなものが転がっていた。この辺りでも、始まっているなと確認、ジャカルタから140Kmほどの高速の今度は見ない側の路肩の外に工事基地だろうか、その辺りにバンドゥン駅の予定里だろうか、赤土の土地が開かれていた。これで、チプララン高速道路沿い、意外の場所は、ジャカルタ―チカンペックとパジャラランーチレニー高速道路に沿って通ることは分かった。この間は、ほとんど平ら、長い橋もトンネルもない、工事は簡単だと思う。問題は、南北のルートだ、橋とトンネルの連続になるでしょう。

例の曲がりくねった上り下りが急な坂の道を通り、タシクマラヤを過ぎ、チアミスを通過した辺りで暗くなりだした。18時前、ここ迄、給油とトイレで、10分ほど止まっただけ、6時間、この橋は、ジョクジャカルタへ向かう道から外れて南に向ってすぐ、バンジャールの町に入る手前にある。虹のように塗装されていた。
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その橋を通ると、コタ バンジャールのシンボル的広場に差し掛かる、金曜の夕方、多くの人で賑わっている。どこの町でも見られる風景だ、ここから1時間ちょっとでパンガンダランのゲートに入る。7時間半、途中、両足とも、攣ったが、軽度だったので、何とか運転し続けた。
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どかった降ったかと思うと、からっと晴れ、途中、何度もスコールを抜けた。まだ、完全に乾季とはなっていないので、明日が心配だ。

今年初めてだが、多分、70回目近いかな。
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(^_-)-☆まいった [旅]

 3404 7時ホテルから出発、ウミさんのレストランで軽く朝食、帰りは、南海岸を西に向かい、タシクかガルット経由にした。せっかくなので、初めてで最後になる可能性が高い人と一緒なので別の景色を見せようとした。道は分かりにくいし、狭いし、右往左往や上り下りが厳しいから、あまり、お勧めできないが、景色は、こちらの方が魅力的だ。

ということで、7時半すぎにパンガンダランから出た。グリンキャニオン方面に向かう。バトゥカラスの入り口を過ぎ、そのあとは、ひたすら海岸を左に見ながら西に進む、道は良い、時には60km以上で走った。途中、なにやら地元も催しがって、パレードなどしている場所以外は、全くの渋滞なし、2時間後、ゴムのプランテーション地帯に差しかかかった。降りて、そこで仕事をしている人に、作業の様子を聞いたり、写真を撮ったりする。広大なプランテーション、車で通過するのに20分以上掛かる。しばらく走って、北に向かう、タシク、ガルッ方面だ。ここまでは順調。
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その後が、マチェッ。渋滞に次ぐ渋滞、ガルッ方面に曲がったと同時に渋滞になった。ガソリンが心配になって途中、ボトルので5Lほど買った。というのも、そこまでのガソリンスタンドに寄ったが、コソン(空っぽ)といわれ、入れることができなかった。ポリタンクをたくさん載せて、入れに来た軽トラの行列ができていた。道の両側に、プルタミニが次々とある。それに入れるためだ。タンクローリーが来るとすぐに行列になるという。ちなみに1L,1万Rpだった。通常は8500Rp
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ガルッに入ったのが、13時過ぎ、既に、出発してから5時間過ぎていた。ガルッ内はスムーズだったが、タシクからの合流点まで数キロのところで車が動かなくなってしまった。もう、イライラ、こんなはずではなかった。例のインスタスポットの道に差し掛かったのが、15時、そしてチレニのインター手前で又渋滞、ジャラントールに入ったのが、17時、そこから、順調なら、チカランバラットには、18時半前に着くはず、しかし、実際には、19時半だった。なんと、パンガンダランから12時間かかった。行きはよいよい帰りは怖い。トプララン、シャラントールができてから、行きは最速新記録、帰りは最遅い新記録になってしまった。

家について、頭がぼおっとして、直ぐに寝込んでしまった。

サンセットには恵まれなかったが、ラスレシアには会えた。これが最後になるかもしれない、もし最後になっても、良かったと思える旅だったと思う。 

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(^_-)-☆また来てしまった [旅]

 3402 7時、友人のアパートから出発、平日なので、EJIP方面に向かう通勤ラッシュのなか、チカランバラットからジャラントールに入る。東方面、道はガラガラ、ビアサ ディ ルアルbiasa diluarの順調に進む。結局、到着まで渋滞個所は一か所もなし、途中、タフスメダンとウビチレンブヲ購入するため、それぞれ、5分程度、150km地点のテンパッ イスツリハッで給油とトイレで10分ほど停車しただけで、13;35入り口に到着、信号待ちの正面に、新しいモニュメン、大カジキが出現していた。その向こうにゲートがみえる。
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通常25000Rp払うが、今回は先々週のチケットを示して通過した。有効日数は何日でしょうか、聞いたこともないが、以前、半年前のチケットで入ったこともあった。
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夕食は、久しぶりのパサールイカンだった。クピティン、蟹500g、ウダン、海老500gカンクン、空心菜、それにナシ、ご飯、二人分に十分な量、34万Rp、高くなったものである。ロブスターの値段を聞いた。600g40万Rp、高!。止めた。

http://otaenplaext.net/newpage326.html 
これは、多分12年くらい前に書いた、パンガンダランの紹介です。今に、合わない部分もあるかもそれません。最初に紹介している人の中にコビル君とありますが、かれは、数年前、不慮の事故で亡くなった。明日は、ラシッド君たちがガイドをしてくれることになっている。

http://otaenplaext.net/newpage21.html
こちらは、6年ほど前書いたものですね。写真、気に入ったものが重複しています。
http://otaenplaext.net/newpage21.html
こちらは、ラフレシアについて書いたものです。明日はどうでしょうか。
タグ:元気 順調 また
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(^_-)-☆旅とゴルフ [旅]

 3392 メイデイ、ハリ ブルーでした。各地でデモがあり、結構あれる雰囲気だったが、今年はどうだったか。TVONEでは、外国人労働者に関する討論会をしていた。

4月20日辺りから、仕事は2日しかしていない。今日でそんな旅とゴルフの日々は終わる?と、思う。
今朝、ウミさんのところで食事をし、6時45分に帰り出発した。昨日の客は土日よりかなり少なく見えたので、渋滞は、そう酷くならないとよんで、暗いうちの出発は止めた。8;20バンジャール、10:40チアウイを通過、順調過ぎる。ガソリン補給とトイレで5分ほど車から降りた。タシク前後の急な登りでも、営業トラックがないので、閊えることはなかった。チレニには11:30、手前で、ウビとタフを買った。12;50にチバトゥインターから出た。家に着いたのが13;15だった。6時間半、グラハタマンやチタフィラに住むようになってからの短時間新記録だと思う。山間部の渋滞がなかったことと、トールでは、時々120Km以上出せたくらい空いていたからだ、と思う。
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サンライズにも恵まれた。とにかく、東海岸は、ほとんど、何まなくなってしまって。チャガールアラムへの入り口近くの私有地での土産物屋とシーフードレストラン、それと、昔からあるパサールイカンがそのまま営業しているだけ、その間の東海岸道路沿いには、ホテルというか安宿が点在しているだけになってしまって、日中は、寂しい通りになってしまったし、それに、昨日書いたが、護岸(砂浜を取り戻すためだとか)の景観は醜いし、流れ着いたか、観光客や地元人は捨てたのか、防波堤の足元はゴミの山になっている。そのゴミと防波堤の向こうの海に地引網網を夜設置しておいて、明け方に、道路から網を引っ張っている。小魚が入っているが、ゴミと仕訳けなければならない。

私の竜宮城の一つが、次第に俗っぽくなってきている。
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この辺り、雨季には。田んぼが湖のようになってしまうので、一期作しかできない。田植えが始まっているが、大部分は、まだ、水が引いていない。苗代は、既に苗が成長している。この写真、車を走らせながら、前を向いたまま、カメラを横に向け、被写体を確認せずにとったもの、インドネシアの風景らしいと思った。電線を消したいね。
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バンドゥン県からタシクマラヤ県に入ってすぐの山の中、南下するとガルット方向になる辺り、急カーブと急こう配、交通の難所だ。数年前に、そこは、東向き一方通行になり、西向きは、南側に三車線の道を作った。そして、その途中に、こんな場所ができている。だから、帰りだけこの道を通る。イスタスポットとでもいうのでしょうか、駐停車禁止だが、写真を撮っている。
タグ:帰宅 変化 順調
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