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(^_-)-☆タンブン、洪水 [災害]

 4012 早速、インドネシアで、初うち、怪しい雲行きだったが、降られることは無かった。ただし、スコアーは最悪、今年初うちで、最大スコアー、多分、2020年中、このスコアーより以上叩くことはないと確信する。でも、インドネシア、まあ、いいか、ガパパだ。

プレー中、皆さん、洪水の話ばかり、太田さんの家は大丈夫だった?と先ず、皆さんから聞かれた。聞いて行くと、キャディーの皆さんの住処辺りはバンジール、腰の辺りだったとか、胸の辺りだったとか、軒下ぐらいまで来ていたとか、なんだか、自慢話のように、私たちの方が酷かったと強調する。この近くでは、ルマーアバンというところが酷かったらしい。
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2日、日本へのニュースでは、ジャカルタの洪水だけが報道され、その他の場所の報道は無かったが、実は、それ以外のジャボベタベック地帯、広範囲の洪水だった。日本人が多く住む、リッポチカランや日系企業が多く入っている、MM2100やEJIP,デルタシリコン、デルタマスなどの工業団地も大丈夫だったらしいが、それらに工業団地に努めtりる従業員の多くが住む、ブカシバラット、ブカシチムール、タンブン、チビトゥン、ジャランラヤ沿いとその北部一帯は酷かったらしい。

各社、被災地から通っている人達への見舞金で頭を悩ましている。情報交換をしている。膝下はいくら、腰辺りまではいくら、家が沈んだならいくら出す、などとね。会社によっては、従業員が出勤できず、生産調整をした企業もあったらしい、看板納品が滞り、車、バイクなど、臨時休業にしたそうだ。
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ゴルフの後、出勤、早速、トライ、結果は、金型の改良が必要ということを知っただけだった。まだ、先は長そうだ。
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昨日買ったドリアン、こんな状態まで食べた。通常の食事の合間に食べるので、一個は、まだ、食べきれていない。モントンの中はこんな感じ、種が小さく、食べる果肉が多い、どうですか、この写真見て、匂いますか、臭いですか。私に取っては、部屋中が、良い香りに包まれています。一昨日までの日本と別世界ですね。
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(^_-)-☆氾濫、決壊 [災害]

 3922 災害国日本ですね。台風の被害、相当なものでしたね。治山治水、難しい永遠の問題ですね。日本の場合は、地震、津波、台風、そして、噴火ですね。これらは、どうしようもない。予知と逃げですね。どちらも難しい。ゴルフ仲間に長野から来ている人が多い、千曲川のことを特に心配していた。ラグビー、スコットランドと試合ができてよかったですね。日本が勝ったのも良かったですね。でも、良かったことは、中止にならなかったことですね。もし、中止になっていたら、一悶着も二悶着もあったでしょうね。
 子供のころ、金原明善とか武田信玄とか、教科書に載っていました。
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朝6時過ぎのゴルフ場のパッティング練習場と18番ホール方面。

今日もゴルフの後、金型屋に面取り機を受け取りに行ったが、使ってみて、NGだった。修正案を出したが、その通りに修正しても、巧く行くかどうかは未定。やるしかない。
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 帰りは、別に寄るところがあって、ジャランカリマランを通った。そこへ行くまでに狭い凸凹道を通らなけえばならない。あまりにもひどい状態だったがやっと、舗装を修理を始めた。インドネシアの道路の補装は、高速道路を含めて、アスファルトが最初は多いが、その補装の下地がいい加減なのでしょう。波打ったり、凸凹だったり、とにかく、まともに、ス~~ッと進める道が少ない。雨季になれば、もう、最悪、と言うことで、この写真のように、鉄筋の格子を敷いて、このような厚さのコンクリート舗装をする道が多く成っている。最初からこうすればいいと思う。とにかく、インドネシアの道路は信用できない、新しくできた新しい舗装の道でも、凸凹が必ずある。それと、ポリシティドゥール、壊れ物が壊れやすい、私は、卵を幾つ割ってしまったことか。ガラスの製品は要注意。
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 ジャランカリマラン、一部だが、双方向二車線の広い道路になっていた。日曜で、コンテナ車など大型ははしっていなかったから、スイスイ、だったが、これでも、二車線が終わったり、陥没があったりで、平日なら、バイクと大型車で渋滞は普通だ。
タグ:洪水 決壊 氾濫
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(^_-)-☆直近情報 [災害]

 3634 北川工業が上場廃止になりますね。日東工業に60%?くらいの株を買ってもらったということでしょうか。若社長の決断でしょうね。北川ゴム工業から現在の北川工業になったころから、エッジング、グロメット、スパイラルチューブなどで、お付き合いが始まり、1996年からインドネシア進出の時、インドネシアでそれらの製品を作って、提供し、2009年、撤退する時に、ナンブへの身売り仲介をした。それ以後、北川弘二さんが他界する以前まで、日本に帰ったときには、稲沢まで、挨拶に出かけていた。時の流れでしょうか、何やら、大変お世話になった方や会社が遠くへ行ってしまうような気がして寂しい。

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名前など気にしていなかったが、この橋の名前が静岡大橋というらしい、丸子から、市街地へ行くときこの橋を渡る確率が一番高い、今日の富士山、そして、日本平が右、真ん中の向こうに愛鷹山が見える。

孫会社を訪問して、世間話というか、日本の押出成形の現状というか、エンプラ押出について、話をしてきた。その中で、フッ素樹脂や超高分子PEのチューブの製造方法についてどうなっているのか、ちらっと、触れた。この会社、私が独立開場したころの状況を思い出させるように、来る仕事は、開発的なものばかりらしい。というのは、作ってもらいたい製品があって、先ず、商社とか原料メーカーにどこか出来るところがあるか問合せ、ある程度知られている、実績のある会社を紹介され,話を持って行って、断られる。そして、なお探し、見つけられて、話を持ってくる。その途中、試作を頼んで結局。満足する製品ができない場合もある。だから、持ってこられる製品は、必要だとした時からな、既に長期間が過ぎていて、開発的に作ろうとしているある装置の部品の一部としたら、その部品だけが、まだできていないために、新しい装置ができないという状況になっていて、切羽詰まっっている。だから、直ぐ、何とかしてほしいという話になる。インドネシアでもそうだが、私が受ける仕事は、そんなものが多い、この会社から相談を受けたものも.同じ状況だった。彼、意欲的で良し。


https://www.qabox.jp/question/qa5441.html
私は浦島太郎的なところがあるから、直近の状況を知らないが、この質問に関しての解答、かなり変!というか、ほんの一部は合っているが、大部分は間違っているし、ピントがはずれていると思う。調べなおした方が良いと思う。
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紹介されて見つけた、ホームセンター DIY店に売っていない様々な工具類を売っている専門店があった。インドネシアへ持ってゆく、プライヤーや剪定鋏などを買った。
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(^_-)-☆事件だ、どうなる [災害]

 3108 とんでもないことになってしまった。私のWeb Siteが消えてしまった。
私のウェブサイトは最初、au one netを使って作った。9年ほど前だった。そして、今回、日本に帰ったら、大切なお知らせ、として、10月31日サービス終了、それ以前に、他のホームページに移行しなさいという。そして、簡単移行方法が紹介されていた。
そして、紹介された案内通りJIMBO https://www.enplaextjp-id.jp/を設定して、
早速、それに移行した。すべてのhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/が、見事にそちらに移され、現れるはずだった。ところが、である。まったく、現れないどころか、オンライン ショップの画面になってしまい、以前のウェブサイトのURLでアクセスもでき無くなったしまった。消えてしまった。何処へ行ってしまったのでしょうか。
仕方がないから、直ぐには移行しないのかなと、待つことにしている。明日になっても、出ないなら、さて、どこに、相談しようかな。とにかく、今は、消えてしまっている。ショックは大きい。一応、バックアップをしてあるが、最悪の場合は、最初から、全て、作り直さなければならないからだ。


http://otaenplaext.net/newpage0.html
auと関係ないこちらの方には、問題ない。そして、こちらからも、左側の旧ウェブサイトには、旅行記や押出技術ほとんどにアクセスできなくなっているが、幸いにも、私のプロファイル(自己紹介)、フォトアルバム(写真集)インドネシア語講座は、一部を除いて、アクセスできる。

また、この日が来た。子供のころ、この日から夏休みになった。先日亡くなった麻央さんの誕生日だったことをつい最近知った。そして、中学三年の時に、質屋の子のその人の誕生日であること知った。それ以来、今日が来るたびに、今、どうしているのかなと思う。思うだけである。中学生になった孫が、おじいちゃんの初恋は、と聞いてきた。この人のことを話した。遅いね、と言われた。
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多分、日本の散髪屋の標準価格だと思う。とにかく、日本では20年以上、床屋もヘアーサロンにも行っていない。インドネシアでは、散髪とカラーリングで800円くらい。日本でカラーリングまですれば、5000円くらいするのでしょうか。やったことがない。
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安倍川の旧国道一号の橋、100年くらい前に掛けられた安倍川橋。この直ぐ側で、今月末、花火大会があると思う。
  
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(^_-)-☆爆発びっくり仰天 [災害]

 2787 まだ、興奮している。ドン、という音がして、すぐ、セキュリティーが、事務所に飛びこんできて、クバカラン トゥタンガニヤKebakaran tetangganyaと叫んだ。直ぐ飛び出すと、左の三軒置いて四軒目の工場から、もうもうと黒煙がすでに天まで届いている感じだった。続けて、爆発音とともに、大きな火の塊が黒煙を突き破るように吹き上がっていた。何かの破片が吹き飛んでいた。
 私の会社までの距離は100m近い、それほど遠くもないが、近くもない、中途半端な距離だと思い、今、どうしようか、一瞬、考えた。どうせ、停電になるだろうから、生産を止めさせた。万が一の場合を考えたが、原料や装置を持ち出すことはできない、そこで、事務所の中にあるものすべてを持ち出すことにした。
 私のアバンザとボックストラックに積めるだけ積んで、現場から500Mくらいの路上に駐車した。社員はその車の周りに自分たちの身の回り品をもって、集まって、待つように指示した。私は、車を置いて、会社の前に戻った、社員やセキュリティーの主だったもの数人が一緒だった。

 二台消防車が到着したには、20分後くらい、それから10分間隔に三台、計五台で消火活動、向かいのミニヤック ゴレンの会社の敷地内から消火ホースを伸ばし消火に参加していた、その間、ずっと、5分間隔ぐらいで、なにかもガスボンベだと思うが、爆発を繰り返していた。警察、消防、市の職員らしき人達が、野次馬の排除や消防車の通行路に確保をしていた。私と言えば、会社の前から、ちょっと、現場に近い、歩道のようなところにいて、様子を見ていた。爆発が起きるたびに、10mほど下がるが、いつの間にか、また、近づいていた。周りの知らない人が、何か、馴れ馴れしく、話しかけてくる。あなたはどの会社の人かとか、あの火事の会社は、何を作っているのかとか、怪我人、死者はあったのかとか、面倒くさいから、いい加減な返事をいていた。すると、ここに似合わないバティックを着た人が、私に話しかけてきた。日本人かとか、もう、鎮火したねとか、だった。近くにいた従業員の一人が、チカランの市長だよ、と言っていた。その人、直ぐ近くにブカシの市長と消防署の幹部などたむろをしていた。 そこに、4人の若い女性が、自分の会社に戻ろうとしていて、邪魔になるので、その幹部連中に、失礼permisiといって、ちょっと、どいてもらって、通り抜けた。すると、その市長、彼女たちに、まだ、戻るのは早いから、ここで、話をしようよ、などと、笑いながら言っていて、言った後、私の顔を見て、ニヤッとしていた。火事場だぞ、ここは。
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 野次馬もたじろいで、近づけないほどの爆発だった。

 昼前に鎮火した。四軒目が火元で三軒目が半焼だった。私の会社は、裏の方まで回って見たが、何事もなかった。持ち出した車へ行って、持ちだしたものを、全て、戻した。丁度、金曜のお祈りの時間、私は、皆さんが、もう、私の指示はいらないから、そして、いてもらっても邪魔になるから、家に戻ってほしいというので、私は家に戻った。14時前だった。

 爆撃(実際に経験していないが)かと思わされる強烈な炎と爆発音だった。しかし、広がる気配はなかった。

ワルタワンも何人か取材に来ていた。ジャカルタ新聞にも載るでしょう。先ほど、テレビでも報道されていた。何やら、黒くなったドラム缶が山積みになっていた。それは、空のようだった。あれが、から出なかったら、もっと、とんでもないことになっていやかもしれない。73年で、初体験でした。
  

タグ:爆発 火災 黒煙
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(^_-)-☆入れ歯の注文 [災害]

 2713 大きな歯の看板が出ている、トカンギギかアーリギギはどうかと、インドネシア人為聞いたら、危ないからやめた方が良いと言われて、行きつけの病院にした。月曜日で、いつも(と言っても何年に一回)かかっていた医者はいないので、いる医者にお願いした。入れ歯を作りたいと、上の歯を総入れ歯にする。チェタカン(型)を取る、下の歯の型も取る.それぞれ二回、入念に、噛み合わせのための、噛んだ状態での型も取る。結構時間がかかる。30分以上かけて、型取り終了、仕事日で7日掛かるという。約10日後ということでしょう。金額は?これが、高っ。前払い、5ジュタ(4万円)、保険が効かない。大丈夫ですか?と、確認された。仕方がないから、大丈夫というしかない。日本とほぼ同じ価格だが、日本なら、20%負担なので、1万円行かない。カードで支払った。
それにしても、まさか、私が、ほとんど、総入れ歯になってしまうとは、食欲があるのに、うまく噛めない現在、とほほ!である。早く、歯が出来てほしい。レバラン休暇に入る前で良かった。
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ブンガワンソロhttp://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0303.htmlが大変なことになっています。あの有名な歌、ブンガワンソロhttp://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage106.html
です。中部ジャワの大河です。ジャワ島で一番の長さと流域の広さです。歌詞に雨季には、はるか遠くまで氾濫する、乾季には、干上がってしまう。とある。そして、歌詞の通り、雨季になれば、毎年、例外なく、多くの犠牲者がでる。しかし、今は、本当は乾季だ。ジャカルタやブカシも、今年は、乾季らしい状態は少なく、まだ、雨季ではないかと思うほど、雨が降るし、気温も低い、ジャカルタからもバンジール(洪水)のニュースは、毎日のようにある。
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そして、ブンガワンソロです。中部ジャワのこの川が流れている県のすべてで、ロンソール(土砂崩れ)バンジールが、発生していて、一か所で60人以上亡くなっている場所もある。流域の多くは、人が入らない、熱帯雨林(ジャングル)で、空から、眺めると、茶色の地域が緑の地域に侵入しているのが分かる。その場所全てに人が住んでいて、洪水に見舞われているのです。果てしない洪水とドシャ崩れ、超自然の原始時代の天災とはこういうものかと思うほどだ。雨季での氾濫はニュースにならないが、乾季の洪水はニュースになる。
この乾季のはずが、ブンガワンソロだけではない、パレンバンのスンガイ ムシ、そして、カリマンタンのスンガイ マハカムhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage022.html
http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00073.html
も例外ではない。全然、関係ないが、ジャカルタのジャラン マハカムにあった、六本木パパというカラオケは今でもあるのでしょうか。

レバランも半分過ぎた。帰省(ムディック)渋滞の始まりまで、十日余り、雨が止まないので、凸凹道の舗装のし直しが進まない。今年の帰省、Uターンの渋滞は、例年以上に大変なことになりそうだ。事故も多くなるに違いない。
 

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(^_-)-☆途中で計画変更 [災害]

 2468 また、変な話が現れた。スラバヤからスマトラのパレンバンまで、鉄道を敷くというのだ。先ずはジャボタベック内から着工するという。多分、10年以内には、全線で繋がることはないでしょう。路面電車と普通鉄道の間くらいの規格でしょう。ヨーロッパでは、これが普通のような気がする。床が低いのが特徴か。一部だけ出来て、途中で消えてしまうような気がする。それでも、いいのでしょう。
Presiden Joko Widodo (Jokowi) beberapa waktu lalu telah meresmikan proyek kereta ringan alias Light Rail Transit (LRT) untuk Jakarta, Bogor, Depok, dan Bekasi (Jabodebek). Jokowi meminta proyek ini juga dibangun di beberapa kota besar lainnya, seperti Surabaya, Semarang, Yogyakarta, Makassar, Medan, dan Palembang.

それにしても、3年以内に開業させるという、中国高速鉄道、ジャカルタ、バンドゥン線は、いつ着工するのでしょうか。まさか、着工までに3年掛かるということはないと思うが。3年で完成というのは、いつから3年でしょうか。土地の買収から、開通までの、具体的な日程が示されていない。これも、もし、バンドゥンまで、できても、その向こうは、話が消えてしまうと思う。

森林火災、野原の火災が一向に下火にならないどころか、今まで、スマトラやカリマンタンが主だったが、今やパプアでも煙害が深刻になっている。また、昨日は、東と西ジャワ島、境界の山岳地帯で大火災が発生し、少なくとも6人が犠牲になった。
毎日、煙害による呼吸困難などの子供、赤ちゃんが病院に運び込まれるニュースが続いている。各地のそれらの地方の空港の閉鎖が続いている。

一昨日は、日本からの消火剤が現地(パレンバン付近)に運ばれる様子が伝えられていた。オーストラリア、マレーシア、シンガポールからは、航空機やヘリがきて、水を撒いている。“焼け森に”だが、効果は、あるのでしょうが、とにかく、煙の凄さは衰えない。衛星から見た、煙の流れは、恐怖を感じる。地上の温度も何百度以上を表す点が、離れていないで、面になってしまっている。
今年は、特に酷い。インドネシア国内では、中南部スマトラ、大都市パレンバン(Palembang)ジャンビ(Jambi)の被害が突出している。その北リアウ州と島。外国では、その北に位置する、マレーシア南部やシンガポールが最大の被害者だ。

全く、別の話だが、パレンバンと聞くと、直ぐに思い出すのが、東プラの上司だった、又、富士プラの社長だった塩崎さんのこと、習志野の空挺部隊の猛者だった。機会あるごとに、パレンバン落下傘部隊の降下作戦の話を聞かされていた。この話は、父親からも子供の頃、聞かされていた。それと同時に“空の神兵”という歌を耳にたこができるほど聞かされていた。ブンガワンソロやラフレシアと共に、パレンバンに行ってみたいと思っていて、実現した。街の印象は、ムシ川(Sengai Musi)と、アンペラ橋だ。橋の近くに戦争博物館があって、そこにしか、戦争の面影はない。ムシ川の港は海から何キロあるでしょうか、大河だから、大型貨物船やタンカーがここまで来ている。
http://otaenplaext.net/newpage37.htmlパレンバンの写真です。
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その博物館のすぐ隣にあるアンティークショップで手に入れた。軍票とでもいうのでしょうか。軍が発行したルピア札です。当時、1US$が1Rpだった?とか、1円も1US$だったのかな?
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この橋の辺りの視界が100m以下になることもあるという。空港は閉鎖されるが、船の航行も禁止になるそうだ。


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(^_-)-☆風花(かざはな) [災害]

 2245 日本列島は大型の低気圧が北海道方面に停滞し、大荒れになっている。南方の春の暖気と北からの寒気が渦を巻いているのです。低地では北海道でも一時大雨になり、雪が大量に残っている地方でも、ただならぬ洪水になった場所もあった。少し高地は大雪だそうだ。明日も同じように荒れる気圧配置になっているでしょう。

静岡も寒い一日でした。天気は良かったが強風が一時吹き荒れた。孫とブックオフへゲームソフトを買いに行ったが、途中、安倍川の橋を渡っている時、横風に呷られ、車の浮くような一瞬があった。街の中心部に近付くと、富士山の方面に薄灰色の雲が増えているのが見えた。富士山は雪だ。

午後4時頃、家に戻った時に、白いものが舞い始めていた。雪?ではなく、風花である。真上は勿論、家からかなり北の方にも雲はない。それでも、白いものが舞っている。ちょっと西にある山の方面は、山の緑が白み掛かって見えた。家の二階の軒下の影になっている場所は、カザハナの白が良くい見えた。ほんの10分弱で止んでしまった。
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庭からカザハナを撮ってみた。あまりはっきり見えないが、よく見れば、そんなものが写っている。

前後の何日かに繰り返されたが、東京大空襲は1945年3月10日を指して言うことが多い。最大規模だったからです。戦後生まれの人口が80%を超えた今、語り継ぐ人は少なくなった。私も残りの20%に入るようになってしまっているが、私には、様子を語ることはできない。惨状を語れる人は10%もいなくなっていると思う。戦争は繰り返してはならない。
ちなみに、静岡の大空襲や大火の話は子供の頃、聞いていて、私が通っていた三番町小学校の直ぐ傍の新富町一丁目のこの家当たりが火元だと教えられていた。空襲も、この付近に焼夷弾を落とせば、火が、静岡市街に広がると、アメリカがその事を知っていて、そのすぐ北の私の家があった安西5丁目や田町一丁目に集中的に落としたという話も聞いた。


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(^_-)-☆変えられない [災害]

 1946 ワイサック、仏教関係の休日です。ボロブドゥールでは、盛大な催しをしたことでしょう。私は、風邪でゴルフどころではないので、家にいようかと思っていたが、従業員に任せていた新製品の試作状態が思わしくない、このままずるずる、任せていては、出来そうにない、その装置で、来週から二週間ほど量産をしなければならい。仕方がないので、昨日寝ながら考えた事を実行するために出勤し、金型の改造をした。明日、私の予想では、簡単にOK品が出来るはずである。
風邪は鼻水が固まってきて、痰が溜まりだした。後二日でなおる行程を順調に通過している。

話題は変わって、こんな話は如何でしょうか、確か数年前くらいには、就職紹介会社に支払う手数料は、成功報酬として1ジュタ(9000円くらい)0,5ジュタ先に払って、就職出来たら0,5ジュタ払うという仕組みだと思う。ところが、最近、聞くところによると、2.5ジュタになっているという、ジャボタベック地区の最低賃金の一カ月分に相当する。で、1ジュタ先払い、1,5ジュタが成功した時、そして、1,5ジュタの内の0,5ジュタが採用した会社の人事担当者に渡される。どうですか、感心してしまいますね。ある日系企業の人事担当者は、採用する、しないは一人で握っていて、従業員の大部分は、その人のお世話になっているというわけだ。日本人は、その分野に手を出せなくなっているそうだ。担当を変えるわけにもいかないし、止めてもらうわけにも、勿論、いかないし、見て見ぬふりをするしかないそうだ。ご本人、家を新築したそうだ。

そのままにするしかない例の情報がもう一つある。ある会社の経理の責任者の給料、27ジュタです。この人は、初代社長が最初から雇っていた人です。社長のアンダーテーブルの授受や私的費用の会社負担、女性関係のトラブルにかかわる費用、それらを、黙認し、上手く処理するようにと、それなりの給料を与えた。ちなみに、その会社の工場長、経理の人と勤続は同じで、創業以来の人、この人の給料が13ジュタ、同じく、勤続が同じの営業部長は10ジュタです。その会社の社長は現在三代目だが、二代、三代は初代のような、後ろめたい行状はないようだが、経理の人の給料を下げるわけにはい。現在の三代目の社長は、日本本社で初代社長の行為を黙認していた人だから、経理部長の給料は知っていた。だからと言って、工場長や営業部長の給料を上げて、経理部長の給料に近づけることもできない。二人は、大不満だが、飛び出して他の会社に移るわけにもいかないので、我慢している、そういう人は、仕事に、熱が入らないのは当然だ。副業をしたくなるのは当たり前だ。

変えられない、売値もある。本社はそのほかの海外拠点向けに、自社製品を出荷している会社、設立当初、親会社としては、ある程度の利益を出せるようにするために、日本国内から到達していた価格とほとんど同じか、少しだけ安い値段を設定した。進出のときの借入を早く帰してしまいたいという気持ちもあった。その会社順調に本社への売りが増え数年で借金も返した。利益が膨らむ一方、ところが、本社の業績が芳しくなくなり、インドネシアの子会社からの買値を下げた。それが、問題だ。二年後の税務調査で、利益調整と見なされ、追徴課税とペナルティーで数千万円を追加納税あせられるとともに、売値も依然の状態に戻されてしまった。エプテでした。

まだ変えられないものがある。運転手として、正規従業員にしてしまった会社、すべてが、間違ったと思っている。私はこれほどバカバカしい話はないと思う。初めての会社も三人、正社員とて、運転手を三人雇った。車も三台、社長一人が一台、後の二台は当時,準備ということもあって、六人でシェアーしていた。私は他の人の行動に合わせることが苦痛になって、車を待つ時間が耐えられなくて、また、運転手のオーバータイム手当の膨大さを知って、半年後には、自分で車を買って、自分で運転をはじめた。それ以来、十数年、高齢者になっても運転手は、一切使わない。
運転手は運転と洗車と点検しかしない。だから、運転士しない時は、何もしていないと言っていい。ゴルフやカラオケ,飲み屋へ行くときはほとんどオーバータイムになる。待っているときに、他の運転手と賭けごとをいている。その間も、手当が二倍、三倍、四倍になるのです。
一般的に他の従業員は勤続年が増えるほど、地位も高まり、耗力も責任も増す、其れに伴って評価されて給料も、それなりに上がる。しかし、運転手は、勤続が長いからといって、仕事量が増加するわけではないし、責任が大きくなるわけもない、評価を上げて給料を上げるという状態にはならない。それでも、運転手は年功序列の給料を要求するのです。また、運転手の仕事でなく、社内で違い職種についてもらうこともできない。
一般従業員は、苦々しく想っているが、契約社員の若い人から見れば会社の先輩、いろいろな事情も知っているので、待遇に関して、文句をいないどころか、運転手が、組合活動の黒幕的存在になる可能性が高い。
運転手以外でも、契約や派遣で雇える仕事をする人は、正規社員にしてはいけません。

新しく進出するする会社は特に、注意しなければなりません。本社があるなら、支援担当者を複数にし、情報も別々のルートから入手し、日本の担当者同士は、すり合わせをしたり、打ち合わせをしない、接触しないで、現地責任者にそれぞれの情報を提供し、現地責任輩は、それぞれに、現状報告をうけるシステムにした方が、偏った癒着的な状態を避けることができる。どうでしょうか、つまらない失敗をして、後々前、問題を引きずることがないように、したいですね。

会社を新たな組織で作るなら、今の装置に加えて、巻き取り機、仕上げ切断装置、熱風乾燥機、粉砕機の各一台、押出し成型ライン。65mmφと50mmφ以上の各一ライン、合計二ラインの増設が必要になると思う。事務所、応接室、トイレ、キャンティーン、粉砕室は、最低必要。そうなれば、逃げ出すにはいかなくなる。少なくとも二年半はインドネシアから離れられなくなる。IMG_6008.JPG

ワイサックを知らせる画面です。“皆さんで手を合わせて、すべての行いに対し、瞑想いましょう”釈迦生誕2558年ということでしょうか。日本なら、お釈迦様の像に甘茶を掛ける行事が昔、行われていた、確か、4月8日、花祭り、といったような記憶がある。
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サッカーワールドカップの日本チーム紹介。本田じゃないでしょ。
それにしても、マー君ってすごいですね。負けないじゃないのかと思う。受け答えもしっかりしているし、非の打ちどころがないね、先ほど、マー君とモモクロ?が出ていた、トンネルズの番組をユーチューブでみた。普通の好青年ですね。

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(^_-)-☆もう一つの災害 [災害]

 1832 災害と言えばインドネシアは水害ばかりでは無い、地震、津波もあるし、火山の活動も活発になる時がある。現在、一番、活発で被害も拡大しつつある山はシナブン山、スマトラ島の北部のダナウ トバ(トバ湖)に近いし、一番近い大都市はメダンで、もっと近い中都市はブラスタギという町だ。そこから南、約50Km離れたところにある。私たちが住んでいるジャワ島のジャボタベックは、この山からは南東約1000kmは離れているので、全く影響なないし、ほかの国の出来ごとのように、あまり、関心もない。
むしろ、乾季なら、山火事や焼き畑の煙のように、マレーシアやタイ方面に、行くので、そちらへの被害が大きくなるでしょうが、今は、雨季なので、外国への影響はない。

Gunung Sinabung di Kabupaten Karo, Sumatera Utara, kembali meletus pukul 02.51 WIB dini hari tadi, Minggu 15 September 2013. Letusan yang tidak terlalu tinggi itu memuntahkan abu vulkanik dan batu-batu kecil ke desa-desa di sekitarnya.

Aktivitas Gunung Sinabung di Kabupaten Karo, Provinsi Sumatera Utara terus meningkat sehingga status tanggap darurat diperpanjang lagi hingga 18 Januari 2014.

休火山だったが活動を再開し始めたのが昨年9月でした。そして、今も活発な噴火が断続的に続いている。現在、小康状態になっている、ジョクジャ、ボルブドール近くのムラピ山の活動と同じように、火山灰の噴出が多いのが特徴、溶岩流は、それほど多くない。噴煙を数千メートル上空に吹きあげ、主に、東の山麓に灰を積もらせている。その周囲の人たちは、勿論、避難しているし、戻る目処は付いていないし、農作物は壊滅したし、仕事がなくなったし、この、雨季になっても、活発な活動は続いているので、泥流も起きている。これも、ムラピ山と同じだ。散々な目に会っている。
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天災の多さや種類は日本によく似ているが、違いの一つは、規模の割に被害が大きい事だ。そして、もう一つは、その被害の大きさの認識が小さい事だ。極端にいうと、あまり、気にしないのです。多くの人が亡くなっても、多くの家屋が失われても、他人は勿論、関係者も、あまり、深刻にならないのです。命や物の価値観が小さいのかもしれない。
だから、繰り返しても、またかと思うだけで、原因を消して、何とか再発しないようにしようとか、起きても、被害を少なくしようとか、ましてや、災害発生地に応援に駆け付けるなどということは、ほとんどない。それでも、昨日あたりから、ブンチャナ(天災)地区への募金運動が始まっている。主に学生の有志が動いているが、一般の反応は小さい、募金に協力する人の数は非常に少ないように見える。もっとも、多くの人は、募金活動をする人を信じていないのかもしれない。
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また、吊り橋が落ちた、発見されただけで、12人の子供が犠牲になっている。バンテン州のスランというジャカルタより西、タンゲランより西の山の中、ここも、見物人が多く、当たり前のことのようであまり深刻な雰囲気はない。70人ほどの子供が落ちたという目撃者の話もある。
  

タグ:被災 天災 深刻
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