(^_-)-☆機内描写 [体験]

1069 寒い、夕方になって急激に冷え込んだ。寒さと戦う日々が始まった。静岡の家に昼過ぎに到着した。例によって、ガルーダの機内はガラガラ、私はいつものように32で一番後ろから二番目の座席に座った。前を見渡すと、20番辺りからこちら側に乗客は十人もいない。そこで、少し前の四人がけの方に移って肘掛を全部上げて、成田到着一時間半前に食事のために起こされるまで、熟睡することが出来た。
 そこで知ったことは、四人がけの一番後ろ30番の列は肘掛が上がらないことでした。慌てて、その席に座って、これで眠れると思って安心しても、いざ、寝ようと思ったら、肘かけが固定されていた。
 機内寸描、ブラケットというか毛布を綺麗にたたんで置くのは日本人、自分の機内持ち込みバッグに余裕が有れば、バッグに詰め込んで持って行ってしまうのはインドネシア人、ヘッドセットのコードを元通りに綺麗に巻いておこうとして、機内アナウスでコードは巻かないようにと言われてまた解くのは日本人、差し込みから抜きもせず、アテンダントに云われて始めて抜いて、そのまま渡すのがインドンネシア人、富士山が見えますとのアナウスで左の座席に移動して写真を取っているのはインドネシア人、私も、それに参加した。日本人は移動しない。私も、インドネシア人に近い。
 10番から15番の席には20人ほどの若い女性がいた。明らかにカラオケで働く目的で集団で斡旋されて来た子たちだ。彼女達の行き先は北関東方面だと聞いている。昔、バリの空港であった女性は日本から逃げてきてパスポートを待っていなかった。雇い主に取り上げられたのです。イミグレに駆けこんで強制帰国という手段を選んだのでした。お金を全く持っていなくて、彼女の友人の家まで空港から起こって行ったことがあった。

キャビンアテンダントの中に日本人が二人混じっている。一般的には日本人が彼女たちを頼りにするのは分かるが、私にとっては奇妙な感じがする。日本人は日本語で話しかけてくる、インドネシア人は英語で話しかけてくる。どちらに答えるにも私は何も考えないでインドネシア語で答えようとする。云いかけて、考えて、日本語と英語で答える。どちらも、インドネシア語で話しかけてくれよと思う。インドネシア人にインドネシア語で答えれば、その後同じインドネシア人ならインドネシア語で話しけてくる。そして、彼女が暇なときには話がはずむ場合もある。
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 たまたま、残っていた18日の朝の新聞を見たら、鞠子(丸子)の宿のことが紹介されていた。
 ガラガラの機内。
  
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