(^_-)-☆母を見送り [人生]

1144 実際は亡くなってから46日、シジュウクニチ(49日)の法要を行った。母親は今日から本格的に極楽での生活が始まったらしい。“この世の中“から”あの世の中“へ到着したという。親父のもとへ落ち着いたと思う。
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 今は、多分、富士市に統合されて庵原郡ではなく富士市富士川町になっていると思うが、生まれ故郷の富士川町の国1の富士川橋の富士川町側の橋を真っ直ぐの延長線上の山の上に先祖代々のお墓が在り、その中に分家した私が作った親父の墓が在った。小学校の頃、私に生れ故郷でもあるし、親父の兄達の家が何軒か其の辺りに会ったので、夏休みのお盆の頃一週間から10日間ほど、この辺りに遊ぶに来ていた。いとこも大勢いて、彼らは私が静岡の都会からやってくるのを楽しみにしていたようで、毎日のように富士川で魚を追いかけたり、泳いだり、山に入って昆虫を追いかけていた。お盆の時は生き物の殺生は駄目だと言われていたが、そんなことは無視して、山川を走り回っていた。入れ替えあり立ち替わり、従兄弟連中が私に付き合ってくれていた。流石にウサギはいなかったが、“カブトムシを追いしかの山、小鮒釣りしかの川”私の故郷そのものです。
 お墓の中も遊び場の一つだった。写真はそのお墓の一風景で60年以上前から変わっていない。孫が今、この場にいるのが不思議な感覚を覚えさせられる。
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この地で、私が作った墓の中に次に入るのは順番からいって私である。そう早くは入りたくないが、30年先まではいらないということは確率的にゼロである。この予測は東海地震が30年以内に起こる可能性が80%というものより遥かに確実な予測です。
般若心経を唱えながら、ギャーテーギャーテーハラギャーテーと言いながら、そんなことを考えていた。


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