(^_-)-☆鞠子路ぶらり [行動]

 1902 昼前から、東海道鞠子の宿あたりをブラブラ歩くことにした。家から出て2~30m歩けば、旧東海道にでる。横切って、鞠子川(丸子川)にでるが、その間に、ちょっと東に歩くと、長田西小学校の体育館の裏にでる、そこら辺りから、鞠子川の土手の遊歩道にでる。数日前には、一本の木だけ満開で他は蕾が固かったが、今日は、全てが満開で、先日満開だった一本は、そのほかの多くの満開の木の中に隠れるように目立たなく葉桜になりかけていた。

歩いたあたりは、桜の木並木というか、ほとんど、等間隔に植えたという場所はほとんどなく、ランダムに配置されているし、樹齢もバラバラ、種類も色も変化に富んでいる、このあたりの人が植えただろうが、自然に自生しているような雰囲気を感じる、そして、少し離れた左右の山を見上げると、また、それぞれの色は淡いが、白だったりピンクだったり、赤かったりする、花が緑の中に面積として四分の一くらいだが、パッチワークのように配置されていて、こんなに花のなる木があったのかと思わされる。足元には、タンポポなど、名前は知らないが、小さな花が何種類か配置されているように広がる。春爛漫、こんな気分を味わったのは久しぶりというか、多分、子どものころだろうから、いつだったかは、記憶にないほど、新鮮な気分を味わうことになった。

しばらく、川沿いに西へ向かい、旧東海道と合流するように、土手道はなくなったところに丁子屋がある。ここで昼食をとることにした。ここは何年振りだろか、10年振り以上だと思う。私の家は6丁目、ここは7丁目、土手にでないで、東海道を歩けば、1kmくらいの場所である。
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ここで、十辺舎一九の東海道中膝栗毛にも登場する、弥次さん、喜多さんは食べることができなかったという、名物ととろろ汁をかきこんだ。これも久しぶりで懐かしい味だ、自然薯の味や食感は、やはり、子供のころから親しんでいた間隔を呼び戻す。

満腹になって外に出る。そこから、なお、西に向かう、すぐ、旧東海道は国道一号線と合流して消滅する,そのあたりで、横断し、匠宿という、比較的新しい、このあたりの職人技を将来に繋げようとする施設に行ってみた。私は始めてである。手作り体験ができる場所だ。

ここまで家から多分2kmくらい、帰りは、丁子屋の前を通り旧東海道で家に帰った。途中、リックサックを背負って、ガイドブックを見ながら歩いている大勢に方々に会う。あまり気にもしていなかったし、普段は車で通るだけだったので、目にはらなかったが、本陣、脇本陣などなど、その跡だという、目印があちこちにある。なんとか屋問い看板も軒並みだ。

昨日といい、今日といい、インドネシアではちょっと無理、という環境を味わうことができた。昨日、一緒にコースを周った人が、「来年は見られないかもしれない、しっかり見ておいた方がいいよ、毎年、これが、最後になるかもしれないと思いながら見ている」と、云っていた。他人事では、ないなと思う。一つ一つの体験が、少し、感傷的になる。
  
タグ:散策 鑑賞 感傷
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